ICT活用の可能性と限界

  1 教育現場の今日的な基本問題-学力向上

向上は教育現場の今日的な基本問題である。我が国における学力向上を目指したICT活用の可能性と限界について検討する。
 これらの検討にあたり、本稿で用いる「学力」という用語が意味するものについて規定しておくことにする。今日の日本で公的に認められているとみられるのが、学校教育法第30条に示された学力の重要な以下の3つの要素である。
(1)基礎的・基本的な知識・技能
(2)知識・技能を活用して課題を解決するために必要な思考力・判断力・表現力等
(3)主体的に学習に取り組む態度
 この3要素をもって「学力」と呼ぶことにする。
 また、「ICT活用」という用語が意味するものについても規定しておく。「情報教育に係る学習活動の具体的展開について」(文部科学省 2006)では、学習指導に関する「教育の情報化」を2つに分けており、その一つに「各教科等の目標を達成する際に効果的に情報機器(IT)を活用すること」とある。本稿では「ICT活用」をこの範囲の意味とする。
 教育現場では学力向上が叫ばれて久しいが、それは学力低下という事態があったからである。我が国の現在における学力低下の実態は苅谷・志水ら(2002)の調査によれば、学力テストの点数を見る限り、子ども達の学力水準は低下していると言わざるをえないという結果が出ている。しかも、子どもの学力は二極化が進行しており、学力低下の正体は学力格差によるものであるとしている。その原因として階層的背景による家庭環境等をあげているが、本稿ではそこまで論じない。学力向上のためにICTがどのように貢献しうるかが主張となる。

2 教育現場の今日的な基本問題の解決におけるICTのこれまでの実践

学力向上の一翼をICT活用に見いだそうという実践はこれまで多様に重ねられてきた。文部科学省はメディア教育開発センターに委託した「ICTを活用した指導の効果の調査結果について」(文部科学省 2007)という学力とICT活用の連関に関する調査研究をしている。この調査によれば、ICTを活用した群の成績と活用しない群とを比較すると、小学校算数の「知識・理解」で8.2ポイント、「表現・処理」で6.1ポイント高いという結果が出ている。小学校社会科、小学校理科でも全体で6.7ポイント高いという結果が出た。また、意識調査でも「楽しく学習することができた」「進んで参加することができた」などの関心意欲に関する項目や「正しく理解することができた」などの知識理解に関する項目において、ICTを活用した群に肯定的な意見が有意に多かった。
 また、総合学力研究会が実施した調査においてもICT活用が学力向上に効果を及ぼすことが統計的に確認されている。(田中・木原・大野 2005)
 それでは、学力向上を目指したICT活用にはどのような実践があるのだろうか。堀田らが作成した「学力向上を目指したICT活用の整理票」(2008)によると、「資料の拡大提示等のスムーズさ」「扱う情報量の豊富さ、重ね合わせなど情報活用の巧みさ」などICTをのよさを生かした結果、「例示や比較の量的質的充実」「説明の明確さの向上」「知的好奇心を喚起する教材の提供」「注意や意欲を喚起する指示説明の実現」「振り返りの促進」といったことが実現されていることが分かる。
 例えば、プロジェクターで拡大した教材提示により、児童の注意や意欲を高めることができる。また、「教科書のこの写真を見なさい」というよりも「ここを見なさい」と指示することで、受け入れやすくなる。体験できない内容は映像メディアによってより現実に近い形で間接体験することができるし、実演不可能な内容は、CG等バーチャルな映像で仮想体験することができる。社会科で外国の映像を視聴することもできるし、算数の円の面積の公式説明のアニメーションや、立体が展開図に変形していくプロセスなどを体験することができるのである。もちろん、これまでも視聴覚メディアを活用して児童の意欲や受け入れを喚起することはできたが、ICT活用によってより効果的な演出が可能になったのである。より高次の学力向上についてICTの活用が今後期待される

3 教育現場の今日的な基本問題の解決におけるICTの可能性と限界

 堀田ら(2008)は「学力向上とICT活用の接点として、今後、実践化が期待されるもの、換言すれば、現状では必ずしも普及しているとは言えないものは、各領域の高次な学力の形成に資するICT活用であろう。」という。
 堀田らが作成した「学力向上を目指したICT活用の整理票」(2008)によれば、学力の3要素の一つ「知識・理解」の育成に有用な実践やコンテンツは比較的学校現場で取り組みが増えているという。それに対して、より高次な「分析・応用・総合・評価」に関わるようなICT活用の事例が少ない。学力の3要素で言えば「思考・判断・表現」等を高めるための実践事例が少ないのである。高次の学力形成にはインターネットやモバイル機器等の最新テクノロジー活用が必要とされている。その方面での実践が不足している。
 これらの問題点はICT環境整備に起因する部分が大きい。我が国の教育用コンピュータ1台当たりの児童生徒数を国際比較すると、シンガポールの2.0人に1人(2010)、アメリカの3.1人に1人、韓国の4.7人に1人に対して、文部科学省の調査では2013年の時点で6.5人に1台と遅れを取っている。電子黒板においても総教室数に対する普及率が6.5%しかない。イギリスは80%、デンマークが53%、アメリカも韓国も日本を上回る普及率を示している。
 このようなICT環境がもたらす影響は大きく、文部科学省と社団法人日本教育工学振興会(JAPET)による「地域・学校の特色等を活かしたICT環境活用先進事例に対する調査研究」(2007)の結果では、その整備が進むにつれてICT環境の頻度が増すことが明らかになった。しかも、高次の学力形成に必要なインターネットやモバイル機器、情報ネットワークの構築等ができていない環境ではICT活用が物理的に難しい課題となってしまう。ICT活用の具体的な方法を現場では試行錯誤しているが、ICT活用のための環境整備が不十分である以上、高次の学力形成の実現には限界がある。
 北欧のICT環境は日本の環境とは大きく違う。特にスウェーデンでは早くから自治体主導の1:1推進を取り入れ、デンマークでは家庭で使うICT機器をそのまま学校に持ち込むBring Your Own Device(BYOD)を前提とした教育政策が2013年から始まっている。
 日本国内でも1:1の形態が注目され、動きがあるのだが、運用面では大きな違いがある。例えば、北欧では学習者機材が文具扱いで学習者に管理が託されている。日本では学習者機材が教具扱いで学校や教師が管理・制御している。北欧では、授業にデータを持ち込んだり、授業で得たデータを個人の生活に還元したりという手段が想定されている。ワープロ。表計算等の知的生産ツール、汎用クラウドサービスなどが、授業でも宿題でも用いられている。それに対して日本では、教師の管理の下でしか使用できない。このようなICT環境(物的にも人的にも)に格差がある以上、我が国の日常生活の中での持続的なICT活用の学びが希薄になるのは当然である。
 このことは授業スタイルにも関係しており、一斉学習主体の我が国の授業形態ではある意味、ICT活用を教師が管理・制御が必要になる。これを豊福(2008)は「ICT教具論」と呼んでいる。すなわち、授業は教師側の意図目標の達成が目的だから、ICTも教師が完全統制し指示通りに使わせるのが当然である、という考え方のことである。北欧では、教師は課題を提示するだけで後は子どもがICTを活用して課題に取り組むというスタイルの授業が中心である。これは一人一台機器環境があるがゆえに可能な個別・協働型の授業スタイルである。ICT活用能力が高まるのは日本の一斉指導型の授業形態よりも北欧型の授業形態である。

4 今後の課題

 21世紀型スキルやキー・コンピテンシーで要求されている高次の知的生産や問題解決力を身に付けるには、ICTスキルの獲得は不可欠であり、そのようなスキルを実現するためには、ICT活用の日常化が望まれる。家庭と学校で分断されるICT活用では汎用的なスキルは身に付かないであろう。いわゆるICT教具論では自ずと限界がある。我が国の一斉指導型授業のよさを生かしつつ、ICT活用がもっと日常的に展開できるような授業形態も今後取り入れていく必要がある。と同時にICT活用の環境整備が何よりも重要である。環境が不十分であるために、ICT活用の意義が理解されにくい状況を生み出しているからだ。
 我が国でも1:1推進やBYODによる学習者の機材確保と家庭と学校を往復するクラウドを用いたデータ・ポータビリティを実現する必要がある。そのことが高次の学力向上を実現していくと考えるからである。

<参考資料>
文部科学省(2006)情報教育に係る学習活動の具体的展開について―ICT時代の子どもたちのために、すべての教科で情報教育を― 
http://www.mext.go.jp/component/a_menu/education/detail/_…
苅谷剛彦・清水睦美・志水宏吉・諸田裕子(2002)調査報告「学力低下」の実態 岩波ブックレットNo.578
文部科学省・メディア教育開発センター(2007)ICTを活用した指導の効果の調査結果について
http://warp.da.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/259200/spa.nime.a…
田中博之、木原俊行、大野裕己(監)(2005)総合教育力の向上が子どもの学力を伸ばす ベネッセ教育総研、岡山
堀田龍也・木原俊行(2008)我が国における学力向上を目指したICT活用の現状と課題
  日本教育工学会論文誌32(3):253-263
文部科学省・社団法人日本教育工学振興会(2007)地域・学校の特色等を活かしたICT環境活用先進事例に対する調査研究 http://www2.japet.or.jp/senshin/pdf/report.pdf
豊福晋平(2015)日本の学校教育情報化はなぜ停滞するのか―学習者中心ICT活用への転換― 情報処理Vo.56 No.4:316-321